「高エネルギー物理の将来」改訂稿 質議・討論





初稿に対するその後のコメントもここに掲げる。

 

 
Q1












   初稿の内容を表面的に読むと、「素粒子物理は、20-50年前の数々の新発見を経て成熟したが、今や、この分野は行き詰まり、新発見も減り、衰退期に入った。もう、若い人はやらない方が良い。」という主旨に受け取れてしまう。素粒子物理に限らず、物理一般に対して、「20世紀は物理の世紀だったが、21世紀は生命科学の世紀だろう」と言う発言もある時代である。このとき読者に「学問はつまらなくなった」というメッセージを伝えることは容易だが、それが筆者の本意とは思えない。
   例えば湯川秀樹先生は40年ほど前に「物理は終わりかけているので、生物など他の分野をやる方が良い」と言われたそうである。しかしその後素粒子物理は大転回を経て標準理論にたどり着いたのであった。現状を見ても、ニュートリノ質量、重力の量子化、宇宙のバリオン数、QCDと電弱理論の統一、など未解決の問題が山積しており、やることが無くなったとは言えない。若い世代の人達が希望を持てるような書き方が出来ないだろうか。

A


 たしかに初稿は悲観的な面が強調されて読まれる恐れがあるので、改訂稿に書き直した。同稿 §0 まえがき 参照。新しい階層を開発し、高エネルギー物理は大発展を遂げるだろう、というのが予想の結論で、極めて楽観的なものである。



Q2



A
















  行き詰まった状況が、突破口を通して新展開になることを、例を挙げて説明するのがよい。古典物理がプランクの量子導入によって現代物理となったのは著しい例である。

 物理学発展の歴史において、行き詰まってはそれを突破して進むことを繰り返したのであった。そこで高エネルギー物理の現状を、19世紀末ではなく、1920年頃、量子力学の誕生前と比べて考えてみたい。19世紀末は空洞放射が古典電磁気学とあわないという実験事実を突きつけられてプランクの量子となったのであった。現素粒子物理ではそのような決定的な実験・理論の不一致はない。むしろ、不完全ながら場の量子論によってかなりよく実験を説明できる。80年前も、前期量子論によって原子の現象をある程度説明できたのであった。それが、考え方の全く新しい量子力学の発明によって爆発的に発展したのであった。今の場の量子論(正しくは無限自由度の量子力学)も、革命的変革を遂げて新物理へと進むことを期待したい。
   行き詰まりに必ず突破口が見つかるとは限らない。多大の努力の末結局は失敗する例も多く見られる。旧くは錬金術の失敗がそれであり、80年前頃、電磁現象の幾何学化を目指した統一場の理論も成功しなかった。私の関わったささやかな例では、S−行列理論で場の理論にとって変わることが出来なかった。例えば超弦理論はどうか?(Q5,Q11参照)。




Q3


A











  宇宙物理、とくに1980年以降の発展と素粒子物理との関わり合いについて言及がないのは不満である。

 宇宙物理はたしかに高エネルギー現象をも取り扱う。実験では、宇宙からの信号はニュートリノ振動をはじめ素粒子物理における多くの発見をした。理論としては、それは極めて多数の素粒子の多体問題である。「多体問題」(および一般相対性理論)が主題であるので、区別して素粒子物理(高エネルギー物理)とは言わない。原子の多体問題である物質の物理は、物性論あるいは凝縮系物理と言い原子物理とは言わない。宇宙物理については本叢書の別の項目で述べられるだろう。
   宇宙物理、とくにビッグバンは極めて高エネルギーの現象であるので、素粒子の構造について貴重な情報を提供するはずであるが、それを扱う理論、非定常状態の一般相対論的多体問題が確立しているとは思えない。素粒子構造の解明より、理論のテストの方が先決ではないか。



Q4




A









  場の理論につき、「自由度無限大の量子力学と見るのではなく、本質的に新しい観点からの定式化が成立」との予想である。誰も否定は出来ないが、具体的な定式化のない間は、賛成も出来ない。重力理論が解決できない定式化なら、魅力も少ないと思う。

 この考えに賛成できない、というのは貴重な情報であるが、定式化のない間は予想してはいけないと言うのでは何も出来なくなってしまう。私の主張にたいし「誰も否定は出来ない」と言うことは、これが論理的矛盾を含まないと言うことであるから、予想として書き立てる資格がある。
   新理論はスピンが2でも3でも、古典場の理論と同じ適用範囲をもつものでなければならない。今の場の理論の発散は自由度が無限大のため生じるのである。エネルギーは無限大でも局所的エネルギー密度は有限であろう。t=const. の全空間を考える量子力学でなく、x, t の局所を考える「場」の理論を作れ、ということである。




Q5






A



























 歳をとると新しい理論に希望を見なくなる傾向がある。新しい理論に興奮する若者達に対し、老人は概して保守的、消極的である。本稿に述べられている string 反対には、その傾向はないだろうか。ユニタリー性は時空10次元の5つの模型では証明されているので、肝心の問題は、4次元時空にどう至るのかという dynamics の問題だと思う。もっとも、最近の、1万人に近いというstring人口の膨大さは異常かもしれないが。

 年寄りが新しい理論に付いて行けなくて、それにけちをつけるのは一般的傾向である。しかし私は虫が好かないから超弦理論に反対しているのではなく、反対の理由を考えたので、本文にちらりと書いてあるのだが、もう少し詳しく書いてみる。
   相対性原理、すなわちLorentz不変性と因果律(信号はspace-likeには伝わらない)を仮定する。S-行列はユニタリーである。これだけの条件でS-行列は(ほとんど)一義的に決まってしまい、それは局所相互作用の場の理論のものと一致する。つまり局所場以外の模型ではSがユニタリーにならない。残念ながらこの結論は厳密ではない。因果律から散乱振幅の解析性が証明できないからである(異常閾の問題)。しかし結論は正しいと予想できる。事実まともにやったら10次元でのみコンシステントな理論ができた(4次元ではだめ)。多くの人は10次元の理論を何とかして4次元にもって行こうとしている。しかし行き着いた空間が4次元であるならば、つまりS-行列が4次元の言葉で書いてあるならば、上の議論が成り立って局所場のみとなってしまう。ひもでユニタリーになるためにはS行列の足(漸近場での完全系)に10次元状態がなければならない。
  とにかくひも理論が生き残るためには、4次元Lorentz不変性をあきらめなければならない。10次元にしても良いが、例えば非相対論的に切断する(e., g. 量子化された時空)。切断がPlanck 質量程度に大きければ実験と矛盾することはないだろう。あるいは一般相対論でやる。いずれにせよひもの長さはきわめて短く、クオーク・レプトンレベルでは点場と変わらないであろう。
   以下は一般大衆レベルでの反対理由だが、ひも理論は変数が不必要に多すぎる。物質の究極がひもであることの物理的必然性がない。普通ある原理がわかったとき、5年でそれを実用化するといわれる。超弦の言葉が生まれて20年経つがまだ物理との接点が見いだされない。




Q6

A


 ひも理論ではCPT定理はどうなるのか。

 ひも屋さんに訊いてみなければならないが、CPT定理は証明できないが、だからといって既存の事実に反することもない、というのではないか。





Q7


A











   超対称性は空間の等方性と同様に究極では成立するのではないか。実世界では大きく壊れているが。

 回転群、ローレンツ群は、連続群は厳密に成り立つと考えられるが、反転等discreteなものは破れている。超対称性の破れが自発的なもので、究極は超対称である可能性もあるが、そうであるならば究極素粒子はフェルミオンとボソン両方を必要とし、フェルミオン一元論は不可となってしまう。もっともこれは好み問題であるが、それにしても超対称の物理的な証拠は全く見あたらない。超対称性が基本対称性として生き残るのはひも理論とからんでであろう。ひも理論は多すぎる変数を減らすため、ありとあらゆる対称性を導入する。基本超対称はひもと運命をともにするだろう。一方素粒子階層でのラグランジアンはフェルミオンとボソンが共存するので、(フレーバも含めて)超対称が活躍する環境にある。Wignerの超多重項である。




Q8


A







   相対性原理にしたがうユニタリーなS行列は局所場(点場)のものに限るなら、素粒子に構造をもたせることは出来ないのか。

 現在の場の理論で構造をもった粒子として許されるのは複合体(bound state)である。これは複数個の構成粒子(局所場)から合成されたもので、因果律にはしたがう。原子核はハドロンから、ハドロンはクオークから出来ているが、この結合状態を作るために場の第二量子化が必要なのであった。(素過程ならばc−数場でよいはずである?)。これが構造をもつ粒子として唯一のものと考えられるが、現在の相対論的束縛問題は不満足なもので、新しい場の理論を作らなければならない。





Q9





A




 場の第2量子化法(実はこれが唯一の量子化)は、パウリの排他原理など粒子の統計を扱うために導入されたものであった。ひもについてそのような実験的必要性がないのだから、量子化せずにc−数理論を展開したらどうか。これは無矛盾体系である。ひもからできあがった素粒子をフェルミ統計に従わせるのは後で考える。

   粒子の究極がひもであることが確かなら c−数でやるほか無い。x, t の関数である場を拡張して関数の汎関数の理論(c−数)を勉強するのはよい。引数が1+1次元 s,t の関数であるひもの c−汎関数理論は1+1次元場の量子論と同等である。





Q10


A












 ひも理論は種々の困難に遭っている。にもかかわらずひもでやろうという動機は何だろうか。

 0次元の点の関数(場)を拡張して1次元のひもの汎関数を考えるのは数学的発想である。物理的には、実験的証拠がないのにひもという構造を考えるのは、これにより素粒子の質量スペクトルを出してしまおうという野心があったかもしれない。しかしひもは小さい、高エネルギーのものであり、電子、ミューオン、クォーク等の質量を出せるとは思えない。超弦の理論物理的動機は、無限大の発散のない(あるいは弱い)理論により重力も扱いたいということではなかったか。超対称と局所ゲージ不変という広い対称性により発散の軽減を期待したのであった。しかしゴールにたどり着く前に、余分次元が必要、等の異常事態になってしまった。これを押してまでひもに拘る必要があるのか、わからない。無限大を除くためのひもで4次元相対論を諦めるのなら、局所場で非相対論的に切断する方が簡単であり、物理的だと思う。私は発散のない新場の理論を期待したい。 





Q11

A





 超弦理論は物理でなく、数学として考えられるのではないか。

 超対称もひもも、物理とは無関係の数学として存続、発展する可能性はある。数学では何百年経って解決する問題もあり、20年くらいで驚いてはいけない。かって荒木不二洋氏は物理をやっていたのだが、そのC*代数は物理から離れて純粋数学として確立したのであった。超弦理論もおなじ道か、というのは年寄りの消極性かもしれない。




Q12

A





 4次元相対性原理、ユニタリティーでS行列が一義的に決まってしまうと主張しているが、  






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