(「現代物理学の歴史」(朝倉物理学大系 第20巻)のための初めの原稿)





高エネルギー物理の将来


宮沢弘成

神奈川大学総理研


1.

 20世紀後半に高エネルギー物理はめざましい活躍をした。その50年を振り返り、21世紀に向けての将来の予測を試みる。このような予測は当たるものではない。19世紀末に、物理学ではもうやることはない、終わった、ということが言われたそうである。それが20世紀に量子物理という方向に大発展をしたのであった。行き詰まったと思われたのが思いがけない突破口が見つかるのはしばしばであり、物理は不連続的に進歩するのである。だからといって将来予測をするのは無意味ではない。故きをたずねて現状、将来を見渡すのは意味があり、必要なことであろう。
 高エネルギー物理とは何か、素粒子物理とどう違うのか。日本では素粒子という言葉になじみが深く、高エネルギー物理は輸入語であるが、両者ほぼ同義である。高エネルギー物理の名称が生まれたのは約50年前、加速器実験が盛んになり出した頃である。

2.高エネルギー物理の創成期

 高エネルギー物理は、まず量子電磁力学(QED)で始まる。これは高エネルギー実験ではない。マイクロ波分光学の発展により水素原子の微細構造にラムシフトが発見され、それが電磁補正によるものであることがわかった。丁度そのとき日本では朝永振一郎およびそのグループが相対論的場の理論を建設中であり、繰り込み理論の発明によって無限大の発散を処理して電磁補正を計算できるようになった。これにファインマンの図式計算法も加わって、1950年にはQEDは完成する。これは e2 のべき級数に展開するのだが、e2 が負( e2 が虚数)の世界は実在しないのだから、 e2 =0 は特異点のはずである。にもかかわらずこの漸近展開は驚くほどよく収束する。木下東一郎によって電子のg-因子が e8 まで計算されたが、実験値と9桁の精度で一致する。
 1950年頃の高エネルギー物理の主役はパイ中間子(パイオン)である。戦後米国各地でシンクロサイクロトロン等強力な加速器が続々と作られた。戦時中のマンハッタン計画成功の褒美として、また核物理が実際に役に立つと思われたので、この方面に潤沢に研究費が支給されたようである。パイオンは宇宙線中に見つかっていたが、人工的に作られるようになった。その性質を解明すべく、各地で実験も理論研究も競争のように行われた。はじめはQEDに倣って結合定数のべき展開で計算したのだが、これは使い物にならなかった。結合定数が大きくて摂動展開が収束しないというより、共鳴状態が幅を利かせていたのである。代わって原子核反応でおなじみの、角運動量で部分波展開するという手法が用いられた。こうしてパイオンの場が擬スカラーであること、アイソスピンが保存することなどが確かめられた。
 パイ・核子散乱に対し強力な武器、分散公式が考案され、これにより予言されていた共鳴状態、Δ の存在が確認された。結合定数も  2=0.08 と決まった。その後理論的整備も行われ、低エネルギーのパイ中間子論、つまり止まった核子との相互作用は50年代後半には解明された。パイオンの物理を片づけた加速器群は Δ の仲間を捜す「共鳴捜し」に向かい、一方分散公式は複素素粒子論へと進む。
 同時進行したのがストレンジ粒子の理論である。1948年宇宙線中に既知の粒子では理解できない奇妙な現象が見つかっていた。日本の理論屋たちはこの問題を取り上げてその解明に取り組み、珍粒子は二個組になって生成されるという正しい結論に到達した。この随伴生成則はその後奇偶則を経てゲルマンと西島和彦の、ストレンジネス(西島の η 電荷)という加算量の保存則に至る。実験的には Ξ,Ω- というストレンジネス - 2, - 3の粒子が発見され、ストレンジネスの保存が確立した。こうして物理屋は多数の素粒子(ハドロン)を抱え込むことになり、理論屋はその整理分類に、実験屋は珍粒子、珍共鳴の発見に精を出すことになる。
 もう一つ大きな出来事があった。空間反転のパリティ非保存である。私たちは半ば無意識に自然現象は空間反転で不変、つまり右と左は対称と思いこんできた。しかしリーとヤンは弱い相互作用では不変性が確かめられていないことを指摘し、実験してみるとものの見事に左右非対称であった。空間に対する考え方の根本的な変革と大騒ぎであったが、空間反転 P と粒子反粒子反転 C とを組み合わせた CP は不変であることがわかり、やはり空間は(拡張された意味で)左右対称であると納得した。ところがこの CP不変性、これは時間反転での不変とほぼ同義だが、これも僅かであるが壊れているのが見つかった。これの真の意味はまだよくわからない。神がどうしてこんな不自然なことをするのか納得がいかない。
 以上ははじめの10年以内に起こったことである。まことにめまぐるしく、活気に満ちた時期であった。何事も創成期はこのようなものであろうか。あるいは活気に満ちたからこそ分野が生き残ったのであろう。

3.成熟期

 創成期の主役の素粒子がパイオンならば、次の主役はクォークとレプトンである。
 ハドロンの複合性が提案されたのは1949年である。フェルミとヤンは素粒子の数が多すぎると言って、パイオンは「素」でなく、核子と反核子の結合状態とした。この結合状態は擬スカラーで、パイオンのスピン、パリティが自然にでてくるのがよい。ストレンジ粒子が沢山見つかるようになると、どうしても複合模型が必要になる。原子核は陽子、中性子の2素粒子で出来ているが、ストレンジ粒子のためにはストレンジネスの素(もと)を持った素粒子が必要である。坂田は陽子、中性子とラムダ粒子を基本素粒子とし、3個の間の対称性SU(3)も考えたのだが、うまくいかなかった。
 ところがゲルマンがうまいことを考えた。同じSU(3)群を使い、基本粒子は3個だが、p, n, Λ ではなく、クォークと称する別のものとする。クォーク3個で核子やその仲間(重粒子)ができているというのである。これで重粒子の分類はうまくいく。中間子はクォーク・反クォークでよい。更に粒子群の質量差を表す公式が実際とよく一致したので、一挙に信用を得た。だがクォークは1/3という半端の電荷を持つ。半端の電荷など見つかってないではないか。しかし量子数に関する限りこの複合模型でうまくいっている。実際に電子、光子等で叩いてみると、重粒子には3個、中間子には2個の影が見える。ハドロンがクォークで出来ているのにクォークが出て来ないのは何故か。
< クォーク閉じこめは1970年頃の中心課題であったが、次第にクォークはひもにつながれて出てこられないと言うことに落ち着いた。ハドロンはスーパー状態の真空の中に出来た正常な空間の泡の中に納まっている。1個のクォークが飛び出そうとしても、クォークから出た力線はスーパー状態に絞られてひも状となり、一定の力(2,3トン重の大きさ)でクォークを引き戻すので出られない。無理に引くとひもがちぎれて多数の中間子になって飛び出してくる。この現象はジェットと呼ばれ、観測されている。
 1974年にカリフォルニアとニューヨークで新現象が見つかった。J/ψ 呼ばれるものはそれまでの知識では理解できないと思われた。素粒子物理の革命かとも騒がれたのだが、結局は第4番目のクォーク(チャーム、c)で説明されてしまった。まもなく第5番目のクォーク(ボトム、b)も見つかった。
 一方核子と並んで物質のもう一つの構成要素である電子の仲間、レプトンの理解も進んだ。ミューオンは招かれざる客であった。パイオンが核力のため必要だったのに対し、ミューオンはどうしてこんなものを神が作ったのか意味がわからない。調べてみると質量のちがいを除けば電子と全く同じ性質である。そこでハドロンで成功したSU(3)対称性に倣って電子、ミューオン、ニュートリノを基本素粒子にしてみたがいいことはなにもない。そのうちにニュートリノは2種類あるのではないかと言われ始め、実験で確認された。ニュートリノと電子が組を作り、ミューオンニュートリノとミューオンが別のもう一つの組を作る。クォークも同じようにアップクォークuとダウンクォークdが組を作り、電子の組と合わせて第一世代の素粒子群である。同じパターンでcとsクォーク,ミューオンの組が第2世代を作る。こうして基本素粒子を納得のいく形にまとめることが出来、招かれざる客も座るべき席を得た。更にうれしいことは、ハドロンはレプトンとは全く別種のものと思われたのに、クォークに至ってレプトンと同類のものとなったことである。
 小林誠と益川敏英は基本粒子間の弱い相互作用を整理し、2世代の粒子群では時間反転の不変性は壊れず、壊れるためには3世代なければならないことを示した。ハドロン現象で時間反転が壊れているので、クォークに第3世代がなければならない。b がその候補だが、もう一つ t がなければならない。レプトンの方はタウオンとその相棒ニュートリノで第3世代を形成する。
 高エネルギー物理の実験は加速器が主体である。シンクロサイクロトロンから始まって陽子シンクロトロンへと移行するのだが、大きな革新が二つあった。一つは強収束の原理で、これにより粒子ビームを細く絞ることが出来、加速器の大きさを小さくすることが出来る。もう一つは大河千尋の衝突型加速器である。加速ビーム同士をぶつけて衝突が起こるとは思いもよらなかったが、それが可能であることが示された。これらにより加速器の(重心系)エネルギーはどんどん大きくなり、素粒子物理の進歩を牽引、応援したのであった。
 一方理論形式も進歩した。素粒子論を展開するのに使われるのが場の理論であるが、相対論的場の理論は発散の困難を伴い、確立した理論体系ではない。繰り込み法で発散を処理し、有限の答えが得られるようになったが、繰り込みは場の理論ではなくS-行列理論である。S-行列は散乱振幅など巨視的に観測される量だけを扱う。電子の質量、電荷の観測値はもちろん有限であり、これで表せば量子電磁力学の答えは有限になるという筋書きである。S-行列理論は別の方面から大いに進展した。パイオン・核子散乱に対する分散公式の導出に際し、散乱振幅を入射エネルギーの関数とするとき、それは複素面に解析接続できることがわかった。解析性とユニタリー性とからS-行列を決めてしまう可能性がある。こうした複素粒子論は精力的に研究され、おもしろい結果が得られたが、場の理論に取って代わることは出来なかった。
 場の理論では非アーベル的対称性のゲージ理論がつくられた。ゲージ理論の重要性は次第に明らかになる。
 大きな成果を生みだしたのは1960年の南部陽一郎の自発的対称性の破れである。厳密に成り立つと思われる対称性が壊れてしまうというので呆気にとられてしまったが、よく考えるとこの現象は身近に起こっているのであった。3次元等方な空間内にいる我々の世界が等方でない形を保っているのは南部の機構のお陰である。この理論は見事な応用を生み出した。クォークとレプトンに、非アーベル的ゲージ場を結合させ、ヒッグス場というスカラー場を混ぜる。ここに対称性の破れを起こさせると、ゲージ場は質量ゼロの電磁場と、質量を持った弱い相互作用の場に分裂する。 南部理論の演習問題のようにスムーズにいく。こうして電磁気と弱い相互作用が統一的に理解できた。
 強い相互作用の理論、クォークの色に強い相互作用のグルオンを結合させた量子色力学(QCD)もほぼ固まった。QCDは繰り込み可能で、エネルギーが高くなると結合が弱くなるという性質を持つので摂動計算ができる。低エネルギー赤外部では逆に結合が大ききなるので始末が悪い。スーパー状態の真空、クォーク閉じこめを扱う試みがなされたが、結局は計算機に任せることになってしまった。
 3世代のクォーク・レプトンの電弱理論とQCDを組み合わせたものが標準理論である。標準理論はこれまでの素粒子物理の総括である。得られた知識をすべて料理し、万事説明できるようになっている。強い相互作用は電弱場とは無関係に導入されてしまったが、これも統一的に理解しようとする試みは成功していない。

4.世紀末の高エネルギー物理

 標準理論が出来上がり、当面これの検証、整備が必要である。弱相互作用の中間子 W、Z はほぼ予想通りに見つかった。最後のクォーク t には手こずったが、1998年には確認されたことになった。ヒッグス粒子が残っている。これの質量如何では理論に影響が及ぶが、20世紀中には見つからなかった。
 標準理論はうまくできていて、これを越えることが出来ない。これからはみ出す粒子は見つからないし、標準理論に決定的に矛盾する現象は観測されていない。理論で、QCDの赤外部分は紙と鉛筆ではどうにもならなかった。あとは計算機にやらせるほかない。格子ゲージ理論は発散を生じないので計算機が答えを出せる。岩崎洋一らつくばのグループの、専用並列計算機を開発しての精力的な計算は満足すべき結果を出している。少なくともQCDが駄目と言うことにはなっていない。この研究は実験でもない理論でもない計算物理を拓くものとして評価される。
 加速器は次々とより高エネルギーのものが作られてきたのだが、SSC計画は挫折してしまった。建設費が高額であり、高エネルギー物理があまり実用にならないことがわかってしまったからである。
 最高エネルギー領域であまりぱっとしたことのないとき、気を吐いたのはニュートリノ実験である。この時期の主役素粒子と言うべきであろう。クォーク・レプトンのうちでニュートリノは最もわかっていないものである。第一、質量が正確にわかっていない。小さい質量(質量差)があるならば、三種のニュートリノは混合し、他の世代のものへ行ったり来たりするはずである。この理論的予想に基づき、ニュートリノ振動を観測する実験が神岡の検出器で行われた。ニュートリノとしては宇宙から飛んでくるのも、つくば高エネルギー加速器からのも用いられる。加速器の面白い使い方である。肯定的な結果が得られているが、確定的なことを言うにはニュートリノがはっきりと振動するのを見たいものである。
 理論はひも全盛である。点 x の関数である場の理論では片づかないと、点でなくひもの汎関数を扱う。一次元のひもでなく、2次元の膜、あるいは任意次元のものを考えてもよい。面白い結果は得られているが、四次元時空の素粒子物理には使えない。

5.素粒子物理の将来

 50年の歴史を振り返ってみると、理論と実験とが互いに助け合い、引っ張り合って高エネルギー物理を建設してきたことがわかる。ある時は理論が先行し、その予言を実験が確認し、ある時は全く意外なことが実験的に見つかり、それの理論を考えるという形態である。陽電子、パイオンは理論的に予言され、いずれも宇宙線で見つかった。これに対し第2世代の粒子は理論で予想されなかったのに実験がみつけてしまった。ミューオンとストレンジ粒子は1950年までに宇宙線で見つかっていたが、チャームクォークとミューオンユートリノは加速器が見つけた。次の第三世代は小林・益川理論で予想されたといえる。その次の粒子群があるならば、実験が先行するだろうか。
 粒子の発見でなく理論形式について言えば、QEDの展開はラムシフトの発見が引き金であった。空間パリティの非保存は理論的に提案された実験で見いだされた。そのつぎの時間反転不変性の破れは理論の予想を超える不思議な発見であった。この三つの実験は最高エネルギーでのものではなく、低エネルギーでの丁寧な実験である。  こうした研究の成果が一応標準理論にまとめられた。これから素粒子物理はどのように進むだろうか。標準理論がかなりうまくできているので、当分この先やることがないのではないか、高エネルギー物理は終わった、という予想もあり得る。現在 100 GeV, 10-18m あたりを探っているのだが、ここから重力が効いてくるプランクの長さ10-35 m、1019GeV まで何事も起こらないだろうと言うのである。これはあまりにも悲観的すぎるように思われる。自然はもっと複雑で、面白くできているはずである。まだわからないことが沢山あるのに、やることがないというのは無責任であろう。
 まずクォーク、レプトンの構造が見えるのではないか。目下のところそれらが大きさを持っているという証拠はない。にもかかわらず構造を持つだろうと予想するのにはいろいろの理由がある。第一に基本素粒子の数が多すぎる。標準模型では3世代、計12個の基本粒子が必要である。3色のクォークを別物とすれば24個である。これらが全部「素」で神の与えた質量を持っているとは考えたくない。何か構造を持つとして24粒子の性質が理解できないだろうか。何故ミューオンは電子の200倍の質量なのか、素電荷の値、あるいは微細構造定数の値1/137を理論から求められないか。これらは50年前からの問題で、まだ解決されていない。複合性の第2の理由として、クォーク、レプトンは変化することがあげられる。クォーク、レプトンは W を出し入れして他のものに変わる。変化するものは「素」ではない、変化する現象の中に不変な「素」がある、というのは今まで成功してきた原理である。
 クォーク、レプトンが構造を持っていると言う実験的証拠はまだ見つかっていない。電子のg−因子の実験値とQEDによる計算値とは誤差範囲内で一致し、電子に広がりを持たせる余地はない。広がっているならばその大きさはam(10 -18 m)以下である。クォークも点電荷化からのずれ、たとえば異常磁気モーメントなどなくても実験と矛盾しない。本当に彼らはプランク長程度の大きさなのか、もっと大きく広がっているか。
 大きさについての推測を試みる。は自然界の階層構造である。私たちは自然界を、あるものはより細かい構成子で出来ているという見方で階層に分けて理解してきた。およそ6桁下がって次の階層に至る。これは自然界がそうなっていると言うより、人間がそのような見方をしてきたと言うべきであろう。10-5 mの細胞は生命物理では決定的な「a-tom」であるが、無機物理はこれはバイパスする。を眺めてクォーク、レプトン階層では大きさは10 -20 m程度ではないかと思われる。もし正しければあと2桁か3桁の勝負である。理論も実験も頑張りたい。

6.理論形式の将来

   素粒子論の展開には場の理論が用いられてきた。しかし現在の相対論的場の理論は完成したものとは言い難い。クォーク、レプトン階層で使えるだろうか。場の理論は成立直後から発散の困難に悩まされたが、二つの項目では成功した。相互作用のない自由粒子の場合と、空間的に広がった相互作用の場合である。自由粒子に対しては量子数等粒子の性質をうまく記述し、反粒子の存在を帰結し、スピンと統計の関係を導くことが出来る。相互作用が広がっていれば発散は生じないので、数学的に確定した答えが出せる。低エネルギーのパイ中間子論、格子ゲージ理論などがこの範疇にはいる。しかし空間的に広がった相互作用は相対性原理と相容れない。
 形式上は相対論的不変な形の広がりをもった粒子を書くことは出来る。しかしそのようなもので計算すると、幽霊のような粒子が現れて意味のあるS-行列が得られない。逆に言った方がわかりやすい。S-行列理論で、Sのユニタリー性、相対性原理から、出入粒子の完全系を指定するとその散乱振幅は一義的に決まってしまう。それは点相互作用と繰り込みで得られるものと一致し、広がりなどを入れる余地はないのである。
 ひものような複雑なものを導入して事態の改善を試みる。しかし4次元ミンコフスキー空間では構造をもった相互作用では有意のSが得られない。ひもがプランク長程度の大きさならば一般相対論に頼らなければならない。超対称など最大限の対称性により発散の程度を下げれば、繰り込み可能な理論は出来るかもしれない。しかしこれが究極の理論だろうか。もっと簡潔なスマートな理論があるのではないかとの希望的予想を述べてみる。
 を再び眺めると、階層ごとに別の理論形式が用いられることに気づく。ニュートンの力学は惑星運動のために開発されたものである。、その先宇宙に行くには一般相対論が必要であった。地上では場という概念による古典電磁気が幅を利かせる。そして原子・分子階層では量子力学である。その下の階層ではそれにふさわしい理論形態が用いられるべきである。
 量子力学は原子・分子に用いるため質点の力学を量子化して出来たもので、本質的に非相対論的である。これを場の理論に用いるのには無理がある。場 φ(x, t) を量子化するのに、時間を独立変数とし、空間座標 xは自由度を表すパラメタとする。つまり場ではなく、無限自由度の力学系としている。これはミンコフスキー空間の物理ではない。同時刻を改めて超多時間にすれば形式上ローレンツ不変の形に書けるが、内容は変わっていない。自由度が無限大の量子力学である。真の相対論的場の量子論は独立変数が4個(時間、空間)で、自由度は少数個であってほしい。
 古典物理に類推を求めてみる。ニュートンの質点力学が成功したので何でもこれでやろうとした。ラグランジュは流体を無限個の質点の集まりとして力学を作ったが成功しなかった。これに対しオイラーは場の考え方で流体力学を作り、成功した。今の場の量子論はオイラーでなくラグランジュ式の流体力学の量子化のようなものである。もっともこれが全くの間違いではない。非ミンコフスキー的場の量子論(現行の場の理論)は発散が処理される限り、少なくとも am(10-18m) までは正しい結果を出している。この理論は正しい相対論的場の量子論への移行の中間段階、ちょうど量子力学に対する前期量子論の様な役割を果たしているのであろう。

  7.高エネルギー実験の将来

 初期の素粒子発見はもっぱら宇宙線によるものだったが、高エネルギー物理を引っ張ってきたのは加速器である。出せるエネルギーは飛躍的に大きくなった。エネルギーは10年で一桁あがる(リビングストンの定理)と言われたものである。しかしこれがどこまでも続くわけには行かない。加速器の莫大な経費れをまかなうべき人類の総生産はそれほど増加していないのだから、リビングストンの定理はどこかで止まってしまう。SSC の失敗がこれである。もうひとつ人的資源の問題もある。現在、一つの高エネルギー実験に400人もの物理屋が共同作業し、計画から完了まで何年もかかるそうである。これ以上大きな実験は容易に行えるものではない。
 今後画期的な発明がなされない限り、すなわち現行の、磁界でビームを導き、電界で加速という方式では、TeV程度以上の加速器は作れないのではないか。高エネルギーが得られなければやるべきことは、丁寧な実験で測定精度を上げる、希な現象を探す、原子核を加速して複雑な現象を調べる、あるいは宇宙線に頼るなどであろうか。ニュートリノ実験などがこれである。ものによっては数値の精度を一桁上げるのはエネルギーを1桁あげるのと同じ意味を持つが、同様に経費もかかるであろう。気がかりなのは、上記のような実験は地味であり、若者にとって面白くないかということである。面白くないことをやっても物理は進歩しない。

8.結語

 楽観的に予想すれば、クォーク・レプトンの構造が見える。真の相対論的場の量子論が開発され、構造の解明に取り組む。新形式の加速器、検出器が発明され、理論と競争する、となる。このような革命がいつ起こるかといえば、これは不連続現象であり、現況から予測することは出来ない。
 革命が起こらなければ事態は悲劇的である。一つのクォークの質量を決めるのに数百人が何年も作業するのでは、得られる情報に対し負担が大きすぎる。情報出力と経済的、人的入力の比は、高エネルギー実験でも、理論でも、計算でも著しく小さいように思われる。O/I比が50年前に比べて小さくなるのは当然であるが、それを補正しても創成期に比べて、あるいは物理の他分野と比較して小さいのではないか。そうならば高エネルギー物理は明らかに衰退期にある。ただしこのO/I比は数量的に与えてないので客観的ではない。老人の消極性の現れかもしれない。
 しかし繰り返し述べたように、不連続変化は起こるもので、全く予想しなかった新しい局面が開けるだろう。



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